以下個人の偏見ですので突っ込みご容赦。
フェミの話だの風俗の話だの生物学的なオスの話だの読んだり見たりして、なんとなく思うのですが、、
個体が使えるエネルギーには限りがあるわけで、エネルギーは繁殖のために本来使われる。
雌が繁殖そのもの(妊娠と出産)のために温存するエネルギーを、雄は雌を妊娠にもっていく競争のために使うのでしょう。
この競争がさまざまに社会化高度化したのが人類の特徴になりますが、、
繁殖のための競争が、人類固有の種の保存のための方法としての社会の高度化に活用されたせいで、雌も競争に参加できるようになってしまった。
もともと妊娠出産そのものがしんどいものなんだから、せずに済んだら逃げる個体は出てくる。
鳥だって、飛ばずに済む環境なら飛ばなくなる。
しかし、繁殖から脱落した雌は競争に生きるしかない。バリキャリは、「生まない」代償なのだね。
「生んでバリキャリ」は、そこまでできる能力のある個体はなかなかないし、トップクラスの集団作業が業務であれば妊娠出産は集団の足を引っ張るから脱落して当たり前。だれでもできる管理業務ならいいだろう。
個人芸はありでしょう。アーチストや研究者で、両立させてる女性はいくらでもいる。
でもそれを会社でふつうにできると主張するのは状況の違いを理解できていない。
雄は繁殖に生きられないから(自分で産めないから)、はじめから競争しかないし、競争から脱落したら本来は死ぬしかない。
ただし、やはり「社会の維持」というものが人間にはあるから、チー牛だろうがどこであっても働き続ける限りは生きられる。でもねえ、そんな人生やってられるかよと暴発するもんは、そりゃ出てくるよ。
まー生存できる個人が増えるということは、いろんな状況に対応できる多様性の可能性ではあるんでしょうが。
すべて生物が種としてのこるための仕組みが、高度社会化した挙句いろいろバグってきてるんかな。
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